« スカート | トップページ | こっそり かあさんにだけ »

2014.11.18

ショウリョウバッタ

まだこれほどに寒くない頃、
玄関先の狭い植込みに、
オンブバッタかショウリョウバッタが
2匹住んでいた。
葉が豊富だからか天敵がいないのか、
1カ月以上は住み続けていたと思う。

玄関を出入りするときに、
バッタを眼で探すのが私の日課になった。
子どもたちに「かあさん、きょうはバッタいる?」
と聞かれるのも日課になっていた。

私には、小さい頃から、
家の中で何かを飼うことへの欲求は
あまりないほうだったと記憶しているのだが、
家の植え込みに
勝手に住んでいるこのバッタを
可愛いく感じていたし、
夕方になるとベランダでよく見かけるヤモリ同様、
いなくなったら寂しいなと思っていた。

自分が子どもを育てるまでは、
“何かを飼いたがる子どもは世話好きなのだろう”
と思っていた。しかし、
息子たちの、なんと無責任にいろんなものを
飼いたがることか。
世話をするのは、
採って虫かごに入れたときだけで、
そのあとは、ろくに世話をしない。
そのくせ、お友達には見せたがる。

息子たちを見ていると、
子ども時代の私は、
何かを採ってきたり飼ったりする前に、
”何かを飼ったら、
 ちゃんと世話をしなければいけないし、
 し続けなければならない”
ということを最初に考えたために、
何かを飼うことへの欲求が
薄かったのではないかと思うようになった。

ああ。
なんだか全てのことに対する姿勢に
通ずるようで嫌になる。

とりあえずやってみよう!
やってみてから考えよう!
助けてくれる人もいるさ!
というふうには、生きてこなかった気がするなあ。
最終的には楽天的なほうだと思うのだけれど。

子どもが何かしらの生物を持ち帰る
 ↓
虫かごで飼う
 ↓
世話をするのが私だけになる
 ↓
世話ができないなら飼うなと私に怒られる
 ↓
ごめんなさいと謝る
 ↓
しばらくは世話をする
 ↓
また私だけが世話をする
 ↓
世話ができないなら飼うなと私に怒られる
 ↓
ごめんなさいと謝る
(このやりとりが何回が続き)
 ↓
最後には逃がす、もしくは死んでしまう。


もちろん、玄関先のショウリョウバッタも、
このサイクルの中に巻き込まれ、
最後は植え込みの中に逃がしたけれど、
その後、行方不明になってしまった。
冬は越せないらしいから
時期的に寿命だったのだろうと思うが、
少しさみしい。
来年の春も、あの植え込みに
バッタが住んでくれないかなと
少し期待している。


|

« スカート | トップページ | こっそり かあさんにだけ »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/61012/60465684

この記事へのトラックバック一覧です: ショウリョウバッタ:

« スカート | トップページ | こっそり かあさんにだけ »