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2014.11.28

『夢二からちひろへ -子どもの本の先駆者たち-』

うれしい!

今回もブロガー特別内覧週間に
応募&当選することができ、
“ちひろ美術館・東京”へ。

そういえば、ご存じだろうか。
ちひろ美術館・東京は、絵本の美術館でもある。
世界の絵本画家の作品展や
さまざまな企画展が開催されており、
いわさきちひろの絵だけを
展示している美術館ではないのです。
(私も最初は、ちひろさんの絵だけを
展示している美術館だと思っていた…)

ということで、今回の企画展は、

『夢二からちひろへ -子どもの本の先駆者たち-』

大正モダニズムの時代に子どもの本の世界で活躍した
竹久夢二、岡本帰一、武井武雄ら童画家7名と、
終戦後に活躍した茂田井武、
そして、いわさきちひろの原画展。

Photo_2
竹久夢二 花の園「子供之友」より
1915年 ※婦人之友社蔵(後期に出展)

Photo_3
岡本帰一 サンリンシャ「コドモノクニ」より
1926年 ※ちひろ美術館蔵

Photo_4
清水良雄 お馬の飾り「赤い鳥」より
1918年 ※ちひろ美術館蔵

Photo_5
深沢省三 鳩「赤い鳥」より
1935年 ※ちひろ美術館蔵


私は“童画”のことをほとんど知らなかったのだけれど、
大胆で実験的でユーモアもあり、
どの分野でもそうだと思うのだけれど、
文化が花開くときの熱量というのだろうか、
なんでもやってみるぞ!という
時代のパワーを感じる作品の数々が、
とても面白かった。

浮世絵や大和絵の影響、アールヌーボー調、
切り絵風、漫画やイラストを想起させるもの、
デザイン的構図の面白さ、などなど。

中でも、おお!と驚いたのが、
『コドモノクニ 名作選』とその原画。
『コドモノクニ』は多くの童画家が作品を寄せている
1922年(大正11年)から1944年(昭和19年)まで
刊行された子どものための雑誌で、
童画ファンならだれでも知っている本だと思うのだけれど、
私は見るのが初めてで、
その文と絵のバラエティの豊富さと面白さに
釘づけになってしまった。
オフセット5色印刷ってところも熱いなあ。

余談ですが、
小さいころからうちにあった絵本
『おそばのくきはなぜあかい』が
童画家として有名な初山滋さんの本だと
いうことを初めて知った。
なんか不思議な絵だなあと思ってたんだよね。

さて、本企画展のタイトル『夢二からちひろへ』。
来館するまでは
竹久夢二さんは美人画で有名なため
そのイメージが強すぎて、
子どものための絵と結びつかなかったのだけれど、
夢二が、子どもがクレヨン画に親しむための
ぬり絵つき(!)のテキストを作っていたり、
装丁や千代紙などグラフィックデザイナーの
先駆者であったことを知って、とても新鮮だった。

今回の企画展は、サブタイトルの
 ― 子どもの本の先駆者たち ― 
が、見どころなんだと思う。
そして、デザインやイラストに興味がある人や
勉強をしている人は、とても楽しめる
企画展なのではないかなと思った。

最後に、
そんな先駆者たちの絵を見て育った
いわさきちひろの原画の展示では、
絵本の文章が添えられているのが、
とてもよかった。
(どの展示でも、そうされているのかも
しれないけれど)

文を読むと読まないでは、
絵に対する興味が全然違ってくる。
文を読むと
絵がイキイキして見えてきて、
お話しの続きが読みたくなるし、
他の絵も見たくなる。
ちひろさんに親しんでいる人は
絵本から原画を楽しむ人が
多いのかもしれないけれど、
私は、原画から絵本を楽しむ経験が
とても楽しかった。

展示を見た後は、ミュージアムショップで
茂田井武さんと竹久夢二の一筆箋を購入
(一筆箋って、見ると買いたくなるのよね…)。
ショップでは、
ちひろさんの絵本やグッズはもちろんのこと、
企画展に関する絵本やグッズもあって、
それらを見たり買ったりするのも楽しい。

図書室で絵本を読んだり、
ベンチやカフェでひと息ついてから
(カフェのメニューがけっこう充実している)
また展示を見に行ったり。
広くはないと思うのに今回も長居をしてしまい、
“まもなく閉館です”のアナウンスにびっくり。

そんな、のんびりできる美術館です。

ちひろ美術館・東京
『夢二からちひろへ ― 子どもの本の先駆者たち―』
2015年1月31日(土)まで
(※前期12月21日、後期12月23日~1月31日で
一部作品の入れ替えあり)

※画像はちひろ美術館・東京に申請して
お借りしました。

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2014.11.22

こっそり かあさんにだけ

「きょうは ようちえんで にかい ないたんだ」
「ぼくは いっかい ないた」

「そうなんだー。なんで ないたの」

「おしえなーい」
「おしえなーい」

「じゃあ、こっそり かあさんにだけ
おしえてくれる?」

「いいよ」
「いいよ」

そして、一人ずつ
別の部屋に一緒に行って
泣いた理由を教えてくれる。

いまのうちだけだよなあ。

理由はもちろん、泣いたことも
教えてくれなくなる。

泣くことそのものを
我慢するようにもなる。

いまのうちだけなよなあ。

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2014.11.18

ショウリョウバッタ

まだこれほどに寒くない頃、
玄関先の狭い植込みに、
オンブバッタかショウリョウバッタが
2匹住んでいた。
葉が豊富だからか天敵がいないのか、
1カ月以上は住み続けていたと思う。

玄関を出入りするときに、
バッタを眼で探すのが私の日課になった。
子どもたちに「かあさん、きょうはバッタいる?」
と聞かれるのも日課になっていた。

私には、小さい頃から、
家の中で何かを飼うことへの欲求は
あまりないほうだったと記憶しているのだが、
家の植え込みに
勝手に住んでいるこのバッタを
可愛いく感じていたし、
夕方になるとベランダでよく見かけるヤモリ同様、
いなくなったら寂しいなと思っていた。

自分が子どもを育てるまでは、
“何かを飼いたがる子どもは世話好きなのだろう”
と思っていた。しかし、
息子たちの、なんと無責任にいろんなものを
飼いたがることか。
世話をするのは、
採って虫かごに入れたときだけで、
そのあとは、ろくに世話をしない。
そのくせ、お友達には見せたがる。

息子たちを見ていると、
子ども時代の私は、
何かを採ってきたり飼ったりする前に、
”何かを飼ったら、
 ちゃんと世話をしなければいけないし、
 し続けなければならない”
ということを最初に考えたために、
何かを飼うことへの欲求が
薄かったのではないかと思うようになった。

ああ。
なんだか全てのことに対する姿勢に
通ずるようで嫌になる。

とりあえずやってみよう!
やってみてから考えよう!
助けてくれる人もいるさ!
というふうには、生きてこなかった気がするなあ。
最終的には楽天的なほうだと思うのだけれど。

子どもが何かしらの生物を持ち帰る
 ↓
虫かごで飼う
 ↓
世話をするのが私だけになる
 ↓
世話ができないなら飼うなと私に怒られる
 ↓
ごめんなさいと謝る
 ↓
しばらくは世話をする
 ↓
また私だけが世話をする
 ↓
世話ができないなら飼うなと私に怒られる
 ↓
ごめんなさいと謝る
(このやりとりが何回が続き)
 ↓
最後には逃がす、もしくは死んでしまう。


もちろん、玄関先のショウリョウバッタも、
このサイクルの中に巻き込まれ、
最後は植え込みの中に逃がしたけれど、
その後、行方不明になってしまった。
冬は越せないらしいから
時期的に寿命だったのだろうと思うが、
少しさみしい。
来年の春も、あの植え込みに
バッタが住んでくれないかなと
少し期待している。


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