« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »

2011.04.30

仕事の電話

子供たちと一緒に3人で夕飯を食べていたら、
携帯電話が鳴った。仕事の電話だ。

クライアントや仕事関係者には
私の仕事タイムを伝えているので
ありがたいことに、この時間に電話が鳴ることは
あまりないのだけれど、
それだけに、私は電話に出た。

電話の内容は、
送信したFAXについての確認だった。
たいした時間はかからなかった。

電話を終えて食卓に戻ろうとすると
ミギが「かあさん ダメ!」という。
「かあさん すわっちゃダメ!」。

食事中に私が電話に出たこと、
食事中に私が別の場所にいってしまったことが
イヤだったのかな?と思い、

「ごめんね途中でいなくなっちゃって。
じゃあさ、母さんのカボチャの煮物あげるから
許してくれる?」と聞くと、
「うん!」

ミギとヒダリの皿にカボチャを乗せて
私が食卓に座ると、ミギが私に向かって一言。

「まったく もう~」。

なに、その絶妙なタイミングと使い方!
またしてもミギ。
大人っぽい言葉使うの、好きだし得意だね~。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.29

クリエイター

「かあさん なに つくってるの?」
子供たちは私によくこう尋ねる。

でもこれ、ほとんどの場合が、正しくは
「かあさん なに してるの?」が正解なのだ。

まあ、大きな意味では、
いつでも何かを作っているのかもしれないけど。

おっ、ちょっと、かっこいい~!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.22

あたらしい

新しい靴下を出すと
「あっ、あたらしいだ。 かあさん ありがと」
というミギ。

あたらしいパジャマを出すと
「あっ あたらしいだ」と本当に嬉しそうな顔をするヒダリ。

あぁ、この素直さが
なるべく失われないと嬉しいなぁ。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.21

たんぽぽ

たんぽぽの綿毛が大好きなヒダリ。

子供はみんな好きだとは思うけれど、
ミギよりもヒダリのほうが好きだし、
「ヒダリくん、綿毛大好きですよね」と
保育園の先生も言っていたから、
かなりな綿毛好きの様子。

ある日ヒダリは
「わたげだよ~」と言いながら
ヘビのぬいぐるみを私のところにもってきた。

そのヘビのぬいぐるみは、
『バムとケロ』という絵本に出てくる
レインボーなしましまのヘビで、
しっぽが白いボンボリになっている。
そう言われれば、たんぽぽの綿毛にそっくりだ。

今日は、ヒダリが、
そのヘビを持ちながら「とっちゃだめ!」と言う。

「母さん、ヘビ取らないよ」と私が返答すると、
腑に落ちないような顔で、また、
「とっちゃだめ! これからさくから」
「これから たくさん さくから」と言う。

少し考えて
「たんぽぽのお花は取っちゃダメなんだよねー。
これから綿毛になるから、取っちゃだめなんだよねー」
と私が言うと、

「うんっ♪」と
ヒダリの顔がわーっと晴れやかな笑顔になった。

花とみると取りたがるヒダリだが、
黄色いたんぽぽは
綿毛のためにとっておくってことがわかったんだね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ことば

たまにミギは、
気にそぐわないことがあったとき
「キー!」と「アー!」の間のような
奇声を発することがあるので、

「アーって叫ばないで、
イヤだとか、痛いとか、これが欲しい、とか
言葉でいいなさい」と私が言うと、

横にいたヒダリが
「ことばー!」と大声で叫んだ。

いや、
「言葉って言いなさい」じゃなくて
「言葉で言いなさい」なんだけど。

私の顔を見て笑うヒダリ。
こやつ、わかって言ってるのかしらん。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.19

キンキュウジシンソクホウ

いつもの朝と同じように
TV『おかあさんといっしょ』を子供たちに見せながら
朝食の片付けや自分や子供たちの身支度をしていると、
少し久しぶりの緊急地震速報。

テレビ画面には四角い「緊急地震速報」の表示。
すると、またすぐ、別の緊急地震速報が流れた。

テレビ画面に2つの緊急地震速報。
画面のほとんどが緊急地震速報で埋まってしまった。

少し身構える私を横に、
テレビ画面に向かって
「どいてー、どいてー」と抗議する2歳児二人。
『おかあさんといっしょ』が見えないね。
緊張の中で笑わせてもらった。
  
   *

今回の地震が来るまで
「じしん」という言葉も、
「じしん」がどんなことも知らなかった子供たちだが、
今は、緊急地震速報がなったり揺れたりすると
「じしん?」と聞く。
怖がってはいないようだけれど。
 
   *

ハードディスクに録画してある
子供が大好きなTV番組『ぼくチロ!』を見ると
緊急地震速報も録画されているので、
あの音がなるたびにビクッとする。
そして数秒経ってから
「録画、録画」と胸をなでおろす。

   *

「あの音、ビックリするからイヤだよね。
鳴らないように(携帯電話が)できないのかな」と夫。

私が自分の携帯で確認してみたら、
簡単に「緊急地震速報を受信しない」という設定に
できることが判明。

「受信しないようにできるよ」と私。

でも、夫は「受信する」にしたままだ。

そうだよね。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.18

いんげんとズボンの穴

ある日の夕飯。

・いんげんとアスパラの干し海老炒め
・牛肉としめじのオイスター炒めプチトマト添え
・わかめとネギのスープ
・ごましょうゆふりかけのごはん

ミギもヒダリも、キノコが大好き。

ミギが、他には全く手をつけず
しめじとプチトマトだけを全て食べ、
「キノコ! トマト! ちょーだい!」という。

「いんげんとアスパラを食べたら、おかわりあげるよ」
と私が言うと
「ヤーダ! キノコ! トマト! ちょーだい」を連呼する。

そのうちに、イスの上に立ちあがり
父さんの皿からキノコとトマトを取ろうと試みて
少しバランスを崩してイスから落ちそうになった。

キノコとトマトを食べたい気持ちと
インゲンを食べたくない気持ちと
母さんが全然優しくないところに加えて、
イスから落ちそうになった怖さがスイッチになり、
ヤダー! ヤダー!と大泣き。

こうなると、なかなか止まらない。

いんげんとアスパラは、全く食べられないわけではなく
見た目で苦手だと思っているだけで
食べ始めれば食べ進める可能性が高いため、
「じゃあ、いんげんとアスパラを1本ずつ食べてみようよ」
と私が譲歩しても、
「ヤダー! ヤダー!」と止まらない。

口うるさく言っても逆効果かなと、
少し放っておきながらも
“食べなきゃダメよオーラ”を私が出していると、
突然、
「あれー あながあいてるー!」と
ミギが嬉しそうに自分のズボンを指さした。
みると、膝小僧に、転んで摺れてできた小さな穴が。

ミギは「あれー?」「あながあいてるねー」
「おかしいねー」と言いながら笑い始め、
大泣きモードが一転、
箸が転がっても可笑しいモードに。

すると、インゲンを自ら手にとって口に入れ
「いいおと(音)よー」と私の口真似をしながら
パクパクと食べ始め、
その勢いでアスパラもスープもぜーんぶたいらげた。

私は、(なんだ、やっぱり食べられるんじゃん)と
心の中で思いながら、
「ミギくんかっこいい! お皿がピカピカだね!」と
思いっきり褒めた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.11

ミギの流行語(ここ数日)

道でアリを見つけたミギ。

「あー! ありんこがいるよ! ありんこが 
こんなところに!」

バサバサッと、カラスが近くの電燈の上にとまった。

「からすが こんなところに!」

公園に鳩が。
「はとが こんなところに!」

蟻も、カラスも、鳩も、
ごくごく普通の場所にいたのだけれど。

「あー! ミギくんが、こんなところに!」と
面白がっている母さんと父さんです。

ちなみにヒダリは言いません。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2011.04.09

人間性を問われているしんどさ

地震の日以来、
日々、人間性を問われているような息苦しさがある。

「被災地のために何ができるか、するのか」
ということ以前に
(いや、それもつながっているからこそなのだけれど)、

何を買うのか買わないのか、
何を食べるか食べさせるか(飲むか、飲ませるか)
どんな情報を得ようとするのか、
どの情報を信用するのか(したいのか)、
何を備えるのかしないのか
何を話すのか話さないのか(書くのか書かないのか)、
今日、何をするのかしないのか

など、日常生活の全てに
「あなたは何を大切に生きていますか」ということを
つきつけられているように感じる。

それと、いざというときに頼れる人甘えられる人
つながっている人の少なさを思い、
自分のこれまでの生き方の稚拙さを
(甘える人が少ないないってことは、
人に甘えてもらう度量が私にないってことだと思うから)
指摘されているようにも感じる。

自分の「はりぼて」をべリべり剥がされているような感覚。

でも、それならそれで仕方がない。
中身が空っぽだったとしても、
子供たちの母親は私だけ。
ヒダリとミギは私の生き方を見て育っていく。
私はヒダリとミギの成長を精一杯支えるのだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

3月13日

晴れ 
昨晩は停電にはならなかった。

2日経って緊張感が途切れたからか、
体も気分も疲れ気味。

子供たちはカラーボックスの上に乗ったり乗り越えたり
ケンカしたり、取り合ったり・・・。
子供もイライラしているっぽいし、
散歩に行きたい、公園で遊ばせたいとも思うが、
余震&放射能漏れを思うとふんぎりがつかず、
友達に「今日はどうしてる~」とメールする。

ひとりの友人から
「ホワイトデーのお返しのブラウニー焼いてる。
息子はパパと一緒に子供の国に行った~」という
返信が来て少しほっとする。

「かあさんきて~」とヒダリに押入れに入るように呼ばれ、
中に入ると「かあさんっ」と嬉しそうに言うヒダリ。
その顔を見たら、突然涙がボロボロこぼれてきた。

地震が怖かったこと、無事だったことへの安堵感、
一瞬でなくなることのどうしようもない気持ち、
漠然とした喪失感、今もあるつかみ所のない不安…。
それらがワッと出てきたようだった。

昼ごはんを食べたあと、
今日もなんとんなく子供たちの昼寝対策でスーパーへ。
昨日と変らぬ品薄っぷり。
1本売りのバナナがあったので、
“別に絶対必要ってわけじゃないけど”と思いながらも、
ほぼ毎朝バナナを食べる子供たちに3本買って帰る。

今日もベビーカーで子供たちが寝てくれたので、
帰宅して布団へと運び、
私も疲れていたので子供たちと一緒に昼寝。
私は緊急地震速報で起きる。

少し眠ったら落ち着いたのと、
原発は、東京で外出を控えるほどまでには
至っていないと思うことができたので、
「こっちは大丈夫だから、今日も泊まるならそうして」と
夫にメール。

今日こそは停電があるかもと、
早めにご飯を炊き、超特急でお風呂に入れてから夕飯。
昨日の手羽先の残りとおにぎりとひじき煮。
ミギがひじき煮をたくさん食べる。
子供がたくさん食べてくれると安心する。

その後、早めに子供を寝かしつける。
私もうつらうつらしているきに、
シャワーの音が聞こえたような気がしていたが、
23時頃に目が覚めたら、
夫が帰ってきていた。

怖かったよー、疲れたよー、無事でよかったねーと
抱きつきたい気持ちもあったが、
そうするにはタイミングを逸している気がして
「大変だったねー」と普通に話しをして
「じゃあね、おやすみ~」と眠った。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.08

3月12日

もう1ヶ月になるのに、いまさら地震当時のことを・・・
とも思うが、書き留めておきたいので、すみません。


朝。6時頃にヒダリが起きる。
私は眠りがずっと浅いままだったみたいで
わりとスッキリ起きる。
晴天。

朝食を食べる。
余震が怖いので、散歩には行かないことにして、
今日はいいや!と子供たちが大好きな『アンパンマン』
『チロ』を午前中から見せる。

何かしていないと落ち着かず、
友人たちに「無事?」とメールする
(ごめんね。心配だったからというより、
私の気持ちを落ち着けるためのメールで)。
みんなから「無事だよありがとう」と返信が続々届く。

その中に
「スーパー品切れ状態、電力不足で停電する可能性あり
放射能漏れでヨー素があると安心らしい」
という情報があり、
余震が怖いから外出しないつもりだったけれど
今ベビーカーで出かければ帰りには昼寝してくれるかも、
とも思い、近所のスーパーへ。

バナナ、パン、カップめんが完売。
トイレットペーパー、ティッシュペーパーが
山のように積まれている光景に、
不謹慎ながら笑ってしまった。
空っぽのカップ麺の棚を携帯電話のカメラで
撮っている人がいた。
(そういえばツイッターで、
子供が「ママ、地震になるとみんなトイレにたくさん
行きたくなるの?」と言ったっていうのがあったなぁ)

がしかし、恥ずかしながら白状すると、
私もその雰囲気に影響されて、買う予定になかった
おさかなソーセージと、トイレットペーパーと
袋入り即席麺(袋入りはまだけっこう残っていた)を
買ってしまった。
全部ひとつずつだけれど。

その他、普段よく買う生鮮食料品を買い、
思ったとおりベビーカーの中で眠ってくれた二人を
家についてから布団へ移動させ、
束の間、テレビやツイッターを見て時間を過ごす。

子供たちが起きてから、おやつにドーナツ食べさせ、
子供向けテレビ番組を見せつつ、
停電に備えて(ならなかったけど)
早い時間に夕飯作り&お風呂の準備。
手羽先を解凍して大豆の黒酢蒸しを作り
ブロッコリーをゆでる。
6時前にお風呂に入り
(電気をつけずに窓から入る外明かりの中
超特急で子供と自分を洗う)、
6時半頃夕飯。
手羽先とブロッコリーとプチトマト、
残ったポトフにご飯を入れて。
ヒダリにポトフご飯が好評。
「美味しいね」とニコニコ食べる。
食後に、いよかんをむいて食べる。
2個を3人で。

夫は「今日も帰れない」とのこと。
「電力供給力が足りてないらしく停電になるかもよ」とも。

放射能漏れのことで少しナーバスになっていた私は
「明日はできれば早めに帰ってきてほしい。
もし買えたら、イソジンとパンを買ってきて」とメールする。
(この時点では、“ヨウ素対策にイソジンがいいらし”
という情報を本気にしていたし、
夫には言わなかったが、子供を連れて関西方面に
避難することもあり得ると思っていた)。

停電に備えて、懐中電灯に充電したり、
靴を2階に置いてみたりする。

『ライオンのすてきないえ』『ターちゃんとペリカン』
などの絵本をせがまれて読む。
『ライオン…』の
おさるの顔がアップになるページで、おさるの口に、
オモチャや私の指などを入れる真似をして
「アイタタタ」と遊ぶ。

絵本を読んでいるうちに私がすごく眠くなる。
そのうち、みんな寝る。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.07

くすり

久しぶりに、二人とも発熱。

小児科で処方箋をもらい、
「お薬もらいに行くよ~」と
隣の調剤薬局に行こうとすると、

二人とも
「おすくり?」と言う。

「お・く・す・り」と言っても、
「おすくり」。

「く・す・り」と言うと
「くすり」と言えるのだが、
「お」をつけると
「おすくり」になってしまう。

そのたびに刺身が頭に浮かぶ母である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.06

バタバタ

こんな中でも、
子供たちは普通に元気に生きている。

最近、♪一本橋こーちょこちょ♪は
私が子供にするのではなく、
子供が私にしてくる歌になった。

子供たちは、私や夫が子供たちにするように、
「かいだんのぼって~」のところを
“いくよ、いくよ、くすぐっちゃうぞ”というふうに
ためてためて、ちょっといじわるな顔をして歌う。

他にもいろんな歌を、
一部のフレーズだけでなく全部歌えるようになってきた。
「きらきら星」もそのひとつ。
でも、ミギは
♪きらきらひかる おそらのほしよ
ばたばたしては みんなをみてる♪と歌う。

お星様も忙しいのねぇと
いつも笑わせてもらっている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Oさん

3月11日の夜は、
とてもお世話なり親しくさせていただいていた方
(Oさん)のお通夜に行く予定だった。

2日前に奥様(Tさん)から電話があり、
何もしらない私が
「お久しぶりです。お元気ですか~」と能天気に言うと
「突然こんな連絡でごめんね」と。
私は何も言えず、ただただうろたえていたように思う。

地震が起きてお通夜には行けなくなってしまった。
地震直後は、
どんなことが起きているのか分かっていなかったので
Oさんのことやお通夜のことが頭にあったのだけれど、
家族と電話がつながらなかったり、余震が続く中、
大変申し訳ないのだけれど、
「それどころではない」気持ちになってしまった。
そして、そのとき思っていたよりも
大変なことが東北や関東や日本に起きていた。

1週間以上過ぎて余震がおさまった頃、
お焼香にうかがった。

「地震で悲しい気持ちが吹っ飛んじゃった」
「被災地のことを思うと看取れただけ幸せだし」
「それにまだ、いなくなった実感がなくて。
どこかに飲みに行ってるだけみたいでねぇ」

Oさんのこと、地震のこと、仕事のこと、子育てのこと
などをTさんと話した。
途中、携帯電話から緊急地震速報のサイレンが鳴って
ヒヤッとしたりしながら。

Tさんは、
「彼が残していったたくさんの本を読む」と言っていた。
そして
「やりたいことをやらなきゃね」とも言っていた。

Oさん、ごめんなさい。
Oさんに会いに行ったのに、
Oさんの話しより地震の話しのほうが多かったかも。
そして今、Oさんがいないのが不思議です。
Oさんは、この地震による日本の変化を体感して
描いたり書いたり話したりする人だろうと思うのに。
これからの私の人生で、
Oさんと地震はセットの記憶になりそうです。

3月11日。

全ての人に日々の暮らしがあった。
いろんな予定や、特別の日や、普通の日があり、
その、何万個、何十万個の暮らしや気持ちが
めちゃくちゃになった日。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.05

2011年3月11日

家で仕事。
初めは「揺れてるなぁ」くらいだったのが、
揺れが大きなり怖くなって居間へ。
家のあちこちでモノが落ちる音がする。
とても長い時間揺れている感じがした。

あまりよく覚えていないけれど、
地震がおさまってから、テレビをつけ、
片付けなんて後でもいいのに、いくつか、
倒れたものを起こしたり落ちたものを元に戻したりする
自分がいた。

なんだろうあの行動は。
軽いパニックだったのだろう。
なかったことにしたい。
これを戻せば、なかったことにできるとでも
思ったのだろうか。

携帯がつながらず、家の固定電話から保育園に連絡。
無事とのこと。
夫にメール、返信ナシ。
実家の固定電話に連絡。無事とのこと。
義母にメール。両国で足止めとのこと。
しばらくして家の電話に夫が公衆電話から連絡。
無事とのこと。

保育園に子供たちを迎えに行く。
家で仕事をしていたので、
子供たちを早く迎えにいけたことに感謝。

頭巾や帽子をかぶった子供たちと先生が園庭に
非難していた。
2歳の息子たちは、地震が怖いという認識がないからか
全く怖がっていない様子。
「全然平気でしたよ」と先生。

家に帰る。
裸のときに大きな余震がくる可能性を考え、
お風呂はナシにする。
浴槽に水をためる。
停電するかもしれないし、
夕飯の時間の前に電気を使おうと、
ご飯を炊いておにぎりと卵焼き作り、
ほうれん草やブロッコリーをゆでた。

余震が怖い。
テレビはずっとつけたまま。
子供たちは無邪気に遊んだりケンカしたり通常通り。
それに救われたりイライラしたり。

「電車が止まってるから無理して帰らないで」と
夫にメール。
「地震対策でいつ帰れるかわからない、おやすみ」と
夫から返信。

オムツ、子供の服、子供の帽子、懐中電灯ラジオ、お金、
母子手帳、猫のケース、非難袋、ひざ掛けなどを準備。
それだけでけっこうな荷物になってしまい、
これを持って子供二人と逃げられるのか?
火事場のバカ力?
猫は置いていくのか?と思ったり。

いくつかの鍋に水をためる。
靴を居間に持ってくる。

元々作ってあったポトフとひじき煮、
さっき作ったおにぎりと玉子焼きで夕飯。
ヒダリが「スープおいしいね」とよく食べる。
ひじきもおかわりする。

子供部屋に布団をひき、
子供部屋のドアは地震で開かなくなるのが怖いので
少し開けたまま。
隣の部屋のテレビはつけたまま音を小さくして、
寝かし付け。

私は服をきたまま寝ることにする。
テレビを消す。

夜中も携帯電話の速報がなるたびに起きて
ちょっと身構える。

 *

本棚は横置きにしてあった漫画が落ちた程度。
キッチンは吊ってあったフライパンが落ちたり
食器棚の中で食器が動いていたり。
吊り戸棚は、地震のロックがきちんとかかっていた。
仕事部屋はパソコンモニターが机の上から落ちていたが
電源はついてた。
固定していなかったカラーボックスが
10センチ以上動いていた。
落ちたりずれたりしたのは3階のものばかり。
1階のものはほとんど落ちなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2011.04.04

3週間が過ぎて

あれから3週間が過ぎた。
桜も咲き始めた。

4月になって、新生活もスタートして、
近所のスーパーでは
営業時間が3月11日以前と同じ時間帯に戻った。

途中、なんどもここにログインしては、
何を書けばいいのか迷い、
でも何か書き残しておかなくてはと思い、
でも結局アップするまでには言葉がまとまらず、
3週間も過ぎてしまった。

自意識過剰だよ、私。

地震が起きてから今日までのことを
忘れたくないと思っている。
でも人間だし私のことだし、
記憶は薄れる、忘れる。

だから、さかのぼって書き留めておきたいと思っている。
それなら別に、世の中に公開するブログという場所に
書くことはないのだけれど、
それを言い出したら、
バックナンバー全てがそんなもの。

そして、地震で私がオロオロドキドキしている最中も、
そんな大人の様子を知ってか知らずか
子供たちは日々成長し、
その姿を見て私や夫は感心したり笑ったり。

今日こうしていられることを感謝して。
地震の日から生活が変わってしまった全ての人が
昨日よりも今日、午前中よりも午後、
1時間前よりも今、少しでも安心することができて、
そしてその安心が長く続くものであることを強く祈って。


| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2011年3月 | トップページ | 2011年5月 »