2014年12月 6日 (土)

あわてんぼうのサンタクロースのつづき

“あわてんぼうのサンタクロース”って
つづきはどうなるのかな?

お風呂に入ってるときに
子どもとそんな話になった。

思いつくままにちょっとふざけて歌ってみた。
(一字一句は覚えてないけど、こんな感じ)

♪あわてんぼうのサンタクロース
クリスマスの日にやってきた
だけどねプレゼント
わすれちゃって、
あわてて取りにいったよ。
あらら、あらら、あらら♪

「かあさん おもしろーい! 次は、次は?」

リクエストに応えて、
年が明けてからお正月に来ちゃったり、
季節を間違えて真夏に来ちゃったり、
次の年も、またちょうど1年目の
クリスマス前の同じ日に来ちゃったり、
と歌ってみると子どもに大ウケ。

次は子どもが作り出した。

トナカイを忘れて落っこちそうになったり、
洋服を忘れてはだかんぼうだったり、
ひげそりでジリジリとひげをそったり。
おならをしたり、おもらしをしたり。
(最後はどうしても、この年頃にありがちの
下ネタになっていく・・・)

普段お風呂では、
しりとりや、知ってる妖怪を言い合う、
知ってるドラえもんの秘密道具を言い合う
などのゲームをすることが多いので、
目新しく、子どもウケもよく
けっこう盛り上がったので楽しかった。

6歳前後のお子さんがいるお宅では、
もしかしたら、楽しめるかも。

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2014年12月 1日 (月)

きえちゃうんでしょ

夜が明ける前のまだ暗い朝5時頃。
「かあさん」と静かに起こされた。

ミギが泣いていた。

「どうしたの? こわい夢見たの?」

夫やヒダリに知られたくないのだろう。
とても小さい声で
「かあさんがおばあちゃんになったら、
 いつかはしんで、きえちゃうんでしょ」

「そうだねー。でもそれは、
ずっとずっとずっと先のことだよ。
それまでは、ミギのそばにずーっといるよ」

ミギはうんうんとうなずきながら、
私の腕で涙をぬぐいながら泣き続ける。
静かに、でもしゃくりあげるように。
“それはわかってるんだけど、
それはわかってるんだけど”
そんな気持ちが伝わってくる。

「かんがえると、こわくなっちゃうよね。
いやだよね」

「もしきえちゃっても、
ミギのことをずーっと見てるよ」

なぐさめにはならないよなと感じながらも
ギュッとしながら声をかける。

息が苦しそうなほどに泣き続けるので
水を飲ませたら、
ようやく少し落ちついて、
ミギも私も、もう一度眠った。

起きる時間になって
いつも通り「おはよー」と
起きてきたミギは、
泣いていたそぶりもみせない。
もしかしたら夢だと思ってる?
記憶がぼんやりしてる?
それとも、ヒダリや夫がいるから?

ミギの耳元で「夜のこと覚えてる?」と
小さな声で聞くと
しっかり「うん」と答えた。

「なになに? なんのはなし?」
その様子を見ていたヒダリが聞いてきた。

私はヒダリの耳元で
「ヒダリくん 大好き」と言った。

「えー? ミギくんにも、
だいすきっていったの?」とヒダリ。

「そうだよ。ねー、ミギ」
「うん」


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2014年11月22日 (土)

こっそり かあさんにだけ

「きょうは ようちえんで にかい ないたんだ」
「ぼくは いっかい ないた」

「そうなんだー。なんで ないたの」

「おしえなーい」
「おしえなーい」

「じゃあ、こっそり かあさんにだけ
おしえてくれる?」

「いいよ」
「いいよ」

そして、一人ずつ
別の部屋に一緒に行って
泣いた理由を教えてくれる。

いまのうちだけだよなあ。

理由はもちろん、泣いたことも
教えてくれなくなる。

泣くことそのものを
我慢するようにもなる。

いまのうちだけなよなあ。

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2014年11月18日 (火)

ショウリョウバッタ

まだこれほどに寒くない頃、
玄関先の狭い植込みに、
オンブバッタかショウリョウバッタが
2匹住んでいた。
葉が豊富だからか天敵がいないのか、
1カ月以上は住み続けていたと思う。

玄関を出入りするときに、
バッタを眼で探すのが私の日課になった。
子どもたちに「かあさん、きょうはバッタいる?」
と聞かれるのも日課になっていた。

私には、小さい頃から、
家の中で何かを飼うことへの欲求は
あまりないほうだったと記憶しているのだが、
家の植え込みに
勝手に住んでいるこのバッタを
可愛いく感じていたし、
夕方になるとベランダでよく見かけるヤモリ同様、
いなくなったら寂しいなと思っていた。

自分が子どもを育てるまでは、
“何かを飼いたがる子どもは世話好きなのだろう”
と思っていた。しかし、
息子たちの、なんと無責任にいろんなものを
飼いたがることか。
世話をするのは、
採って虫かごに入れたときだけで、
そのあとは、ろくに世話をしない。
そのくせ、お友達には見せたがる。

息子たちを見ていると、
子ども時代の私は、
何かを採ってきたり飼ったりする前に、
”何かを飼ったら、
 ちゃんと世話をしなければいけないし、
 し続けなければならない”
ということを最初に考えたために、
何かを飼うことへの欲求が
薄かったのではないかと思うようになった。

ああ。
なんだか全てのことに対する姿勢に
通ずるようで嫌になる。

とりあえずやってみよう!
やってみてから考えよう!
助けてくれる人もいるさ!
というふうには、生きてこなかった気がするなあ。
最終的には楽天的なほうだと思うのだけれど。

子どもが何かしらの生物を持ち帰る
 ↓
虫かごで飼う
 ↓
世話をするのが私だけになる
 ↓
世話ができないなら飼うなと私に怒られる
 ↓
ごめんなさいと謝る
 ↓
しばらくは世話をする
 ↓
また私だけが世話をする
 ↓
世話ができないなら飼うなと私に怒られる
 ↓
ごめんなさいと謝る
(このやりとりが何回が続き)
 ↓
最後には逃がす、もしくは死んでしまう。


もちろん、玄関先のショウリョウバッタも、
このサイクルの中に巻き込まれ、
最後は植え込みの中に逃がしたけれど、
その後、行方不明になってしまった。
冬は越せないらしいから
時期的に寿命だったのだろうと思うが、
少しさみしい。
来年の春も、あの植え込みに
バッタが住んでくれないかなと
少し期待している。


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2014年9月17日 (水)

ようちゅう

「おおきい ようちゅうを みつけたんだよ!」

幼稚園のお迎えに行くと、
プリンの空き容器の中に、
太くて白っぽくて丸まっていなくて
お尻に角のようなもののある幼虫が。
大人の親指くらいの大きさだろか。

「もってかえる」というので、
家に持ち帰って調べてみると、
スズメ蛾の一種らしい。

でも、「スズメ蛾」って初耳なんですけど。
メジャーな蛾らしいが、
蝶ならまだしも、蛾の知識なんて全くない。

面白かったのが、
子どもたちが次々とお友達のママたちに
幼虫を披露していたこと。
気持ち悪がられるのを楽しんでるんだもんな。

それにしても、
こういうの割と平気になったなあ。
見せられてもあまり驚かなかったし、
私も素手で触ったし。
ただ、何の幼虫かを調べようと
画像検索したときに、PCの画面が
バラエティ豊かな幼虫で埋め尽くされ、
それを凝視しながらスクロールしてたら
少し気分が悪くなったけど。

(なので、あえて幼虫の画像は添付しません)


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2014年9月10日 (水)

ピント

子どもを抱っこすると、
近すぎて顔にピントが合わない。
いや、合わなくなった。

何年前くらいからだろうか。
スマフォ(携帯電話だったか?)の
メールやネットを読む時に
ピントが合いづらくなり、
“これが老眼ってやつねー”と思ってはいた。
それが今年(10月で45歳になる)になって
加速している気がする。

会社に勤めていた頃、
“老眼”という言葉のイメージよりは
はるかに若いと思う先輩たちが、
口々に老眼の進行具合について
話をていたので、
意外と早く“文字が読みづらくなる”ことは
知っていたが、
“我が子の顔がハッキリ見えない”
という事態になるとは想像していなかったので
“そう来るかあ”と思った。

息子たちはもう5歳(年長)。
頻繁に抱っこをするわけではないけれど、
抱っこをしながら顔をハッキリ見たいときは、
子どもの顔を少し離してピントを合わせる。

これから、ピントの合う距離は
もっと遠くなるのかもしれない。
でも、子どもたちも私から離れていくだから、
今のように感じることは
なくなっていくのだろうな。


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2014年9月 4日 (木)

雨のしずく

雨の日。

子どもたちと川沿いの道を歩いていた。
横に並ぶと傘の幅もあって道をふさいでしまうため、
縦一列になって、私は一番後ろ。

私の前を歩くミギが、ピョンと両足ジャンプをした。
前に跳ぶジャンプではなく、上に飛び上がるジャンプ。

しばらく歩くとまたピョンと両足ジャンプをした。

私は “もしや” と思い、
「トトロみたいに、雨粒たくさん落ちてこないね」と言った。
するとミギは後ろを振り返って、
少し恥ずかしそうにへへッと笑った。

子どもたちは2日前に『となりのトトロ』を観たばかり。
初めて傘を持ったトトロが、
木の葉から傘に落ちる雨の滴の音をおもしろい!と思い、
たくさんの滴を落とそうと、ジャンプをするシーン。
それを真似していたのだ。

一番前を歩いていたヒダリが
「なになに? なんのはなし? おしえてー」ときたけれど、
たぶん、ミギはヒダリに知られたくないだろうと思い、
「何でもないよ~。それより、ちょっと来てきて」と
二人を呼んだ。

歩道の脇に植えられた大きな金木犀の木の下に
二人を立たせて木の幹を蹴る。
バタバタバタバタバタッとたくさんの滴が傘に当たる。

「もういっかい やって!」
また別の木で、バタバタバタバタッ。

「こっちのきでも やって!」
バタバタバタバタッ。

子どもたちは自分でも木を蹴って、
太すぎてびくともしなかったり、
身長より低い木を蹴ってみようとしたり。

でも、ランニングコースにもなっているきれいに舗装された道で、
大人が木を蹴っている小さな罪悪感と恥ずかしさ、
子どもにも木を蹴らせている罪悪感も少しあって、
私からやり始めたことなのに、
「もういくよ~」と早く切り上げさせてしまった。

そういえば『ドラえもん』を見ていた子どもたちに
「かあさん うらやまにいきたい」「うらやまに つれてって!」
と言われたことがある。

うらやまって、裏の山なんだけどねえ。

「母さんが子どもの頃は、裏山や空き地があったんだよ。
 秘密基地を作って遊んだりもしたよ」
「えー!。かあさんのこどものときの おうちにいきたい!」
「今はもう、裏山も空き地もなくなっちゃったんだ」

確かあの裏山にはマンションが建っているはず。
それにもし、今、裏山があったとしても、色々な安全面から、
子どもたちが遊べる場所にはできないだろう。
今思うと裏山も空き地も私有地だったと思うのに、
誰のものということ意識せずに遊ばせてもらってたんだな。

木を蹴って滴を落とすこと、
私は誰に教えてもらったんだったかな。

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2014年8月30日 (土)

あつくて ねむれない

涼しかったり、蒸し暑かったりのこの頃。

真夜中、「かあさん あつくてねむれない」
というミギに声に起こされた。
うとうとしながらも起きてみると、確かに少し蒸し暑かった。
布団に入ったときは涼しかったが、
雨が降ってきたからか、部屋の湿度が上がっている様子。

「扇風機つけていいから、近くに行って寝なさい」
少しすると
「まだ あつい! あつくてあつくて ねむれない」とミギ。

見ると、扇風機はついているものの、
風があまり当たらないところに寝ている。

「どうしてそこで寝てるの。 もっとあっちに行って寝なさい」
「なんか ぬれてるとこがあったの」
「自分の汗かよだれが少しついてるだけじゃないの。
涼しいところで寝なさい」
布団をササッとなでてみたが、それらしいところは見当たず、
“おねしょ”じゃないことを確認した私はそう答えた。

とすぐにまた
「せんぷうきつけても あつくて ねむれない!」とミギ。
「そんなに暑くないよ。扇風機に当たれば大丈夫でしょ」
「ねむれない!」

深い眠りのところで起こされた私は、早く眠らせてほしくて、
まあ、ぞんざいな対応をしていた。

「じゃあ、お水でも飲む?」
「のむ。のんで、おトイレにいく」
「じゃあ行くよ。早くおいで」

水を飲ませてトイレに行くとき、“はっ”とした。
ミギの体が熱い。

「熱があるね。熱があったんだね。
ごめんね気がつかなくて、だから暑かったんだね。
ごめんね、ごめんね」

私が謝ると、ミギがうなずきながら泣き出した。
きっと、暑がっていることがまちがってなかったこと、
やっとわかってもらえて安心したのだと思う。

あー、ダメじゃん私。
ミギが起きてきたときに熱に気がつかなかった。
子どもが小さい頃は、もっと敏感だったと思うのに。
ましてやあの子はあんなに「あつい」って言ってたのに。

涙はすぐに止まり、
そこからは“ぼくは病気で特別”という意識になったため、
真夜中にもかかわらず“テレビをみたい”と言い、
録画してある『ひつじのショーン』を一話だけ見てから
アイスノン枕をして眠った。

翌朝、起きたときにはまだ熱があったが、
朝食を食べ終わる頃には、もう平熱に下がった。

「きのう かあさん、ぼくに すごく あやまったんだよね~」
朝食を食べているとき、楽しそうにミギが言った。

「ミギが“あつい”って起きてきたんだけど、
 母さんはじめは熱があることに気がつかなくて、
 だからごめんねってあやまったんだよね」
私は、ミギに応えつつヒダリに説明するように話した。

たいしたことがなくてよかった。

ミギにとっても私にとっても、
印象に残る夏の終わりの夜の出来事。

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2014年6月21日 (土)

ジャイアンの誕生日にちなんで

6月15日はジャイアンの誕生日だそうで、
6月13日(金)のドラえもん放送では

“誕生日を記念して、ジャイアンが演歌に初挑戦!
 あの大ヒット演歌『きよしのズンドコ節』を、
 『たけしのズンドコ節』にアレンジして熱唱(ねっしょう)!”

というのがあったのだが、
それを見たミギ。
いたく『たけしのズンドコ節』が気に入ったようで、
♪ズン ズン ズン ズンドコ たけし!♪を
ずーっと口ずさんでいる。

それならばと、本家『きよしのズンドコ節』を
youtubeで見せたところ、
リピート再生を何度も頼まれ、
「こうだよね!」と
♪ズン ズン ズン ズンドコ きよし!♪の部分を
振り付きで何度も見せられ、
しまいには
「ここに行きたい!」とまで言い出した。
(舞台の上で氷川きよしさんが歌い、
 バックでは着物のお姉さんが踊り、
 客席では「きよし!♡」と合いの手を入れるおばさまたち
 そんなコンサートかもしくは演歌番組の会場)

「そっかー、ここに行きたいんだー」と私が笑うと、
「なんで かあさんは 笑うの?」とミギ。

その横では、ヒダリが泣きながら
「もう そのうた やめて! ちがうのにして!」
とリピート再生を阻止しようとしている。

この歌や雰囲気がそれほど嫌いなのか、
はしゃいでいるミギにイラついているのかわからないが、
そんなことで泣く!?と、ヒダリにも笑わせてもらった。

おそるべし、たけしときよしのズンドコ節。


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2014年6月 8日 (日)

おうた

幼稚園の日曜参観。
夫と私で、ミギとヒダリのクラスに分かれて参加した。

あらためて、
幼稚園ってよく歌うんだな~と、うらやましかった。

この日の参観は、
“親が子どもを観る”スタイルではなく、
”親子一緒に参加する”スタイルだったため、
「せんろはつづくよどこまでも」
「ヤンチャリカ」
「夢をかなえて ドラえもん」
を親子で合唱。
楽しかった~。声を出すの気持ちいい!

子どもたちはこれ以外に、
「朝のごあいさつの歌」「お帰りのごあいさつの歌」を歌い、
この日は午前保育だったが、
お弁当があるときは「お弁当の歌」を歌う。

私には幼稚園の頃の記憶がほとんどないのだが、
最初に通った小学校で、
休み時間になると私の席に友だちが集まって、
みんなで歌を歌っていた記憶がある。
教科書とは別にA6サイズくらいの“歌の本”があって、
「今日はどれを歌おっか~」とか言いながら歌っていた。

その学校には2年生までしかいなかったし、
私は中心になるようなタイプじゃなかったはずだから、
多少記憶が改ざんされているのかもしれないが、
毎日学校で歌えて楽しかった~という
思い出として残っている。

私はそんな小学1年生だったが、
小学生になったら、きっとそんなには歌わない。
毎日は歌わない。

うちの子たちは家では大きな声で歌っているくせに、
参加日では照れもあったのか、
あまり大きな声で歌っていなかったが、
大人の勝手な思いとしては、もったいないなあと思う。
音程なんか気にせずに元気に歌える年齢は短いんだよ~。

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