2017.07.13

七夕のつづき

‪妊娠中、七夕飾りの短冊に
「元気な赤ちゃんが産まれます」と
書いたことを息子たちに話したら、
嬉しそうな恥ずかしそうな
顏をしていた。‬

‪そして
「母さん、ぼく生まれてきて本当に
よかった〜」としみじみと言う息子。‬

‪そんなふうに思い続けられる人生を
ミギとヒダリが送ってくれたら、
母さんは何も言うことはないよ。

でも、気のせいか、
この話をした頃から
これまで以上に
私にくっついてくるので、
気温30度を越す暑さの中、
それにはちょっと参っている。

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2017.07.07

七夕 

今年も七夕が来た。

この日が来ると、短冊に
「元気な赤ちゃんが産まれます」と
書いた日のことを思いだす。

何回かここにも書いているけれど、
(なので、もう聞き飽きたよ!
という方がいるかも 汗)

「元気な赤ちゃんが産まれますように」
と書くと、
逆に、そうじゃなかった場合のことを
想像してしまい、
あえて言い切りで書いたのだった。
そんなことを気にしていたのだから、
自分では実感がなかったけれど、
不安だったのだろう。

今年息子たちは8才。
元気に育っている。

誕生日をはじめ、
いろいろなタイミングで、
子どもたちが元気でいることを
ありがたく感じるけれど、
私にとっては、七夕もまた、
そういう日なのだ。

ちなみに、
家のプチ七夕飾りに
息子たちが書いた今年の短冊は
「楽しく生きられますように」だった。

親としては、
いろいろつっこみどころのある
願いだなと思ってしまうけれど、
素直に受け止めれば、
本当にその通りだと思う。

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2017.06.17

はじめての習字

はじめて しゅうじを したよ

「川」って かいたんだ。

どれが いちばん 
じょうずだと おもう?

ぼくも これだと おもう!

でも、こっちも じょうず でしょ。

これとこれは おじいちゃんに
みせたいから、かあさん もっといて。

これは へやに かざる!

しゅうじ たのしい!

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小学3年生から習字が始まった。
ミギは嬉しそうに、
自分が思う「川」の字の
力作を持ち帰ってきた。

「じょうずにかけたよ!」
「おじいちゃんに見せたい!」
自分で自分を褒めて認めている様子が
子ども時代の私と比べると新鮮で、
微笑ましくうらやましい。

特に私にとってはとても恐くて
話しづらい存在だった父にたいして
「自分から見せたい」なんて!

息子たちにとっては優しいおじいちゃん
であることが、
いまだに少し驚くし慣れない。
でも、息子たちにとっても父にとっても
愛情をストレートに表現できる人が
いるのは、とても幸せなことだし
ありがたいと思う。

次の授業では
「土」の字を持ち帰ってきた。
「川」の字に比べると
トメやハライもできていて
堂々とした文字になっていたので、
おそらく、最初の授業は、
ほとんどの時間を習字道具の
使い方についやしたのだろう。

ちなみにヒダリは字を持ち帰らず、
「ぼくは うまくないし、
きょうしつに はってあるから、
がっこうこうかい のときに、みて」
とのこと。
先日、見てきたのだけれど
上手に書けていた。

毎度のことながら、
お腹の中から一緒にいても、
違うものだ。

どちらかといえば、
ヒダリの方が
私の子ども時代と似ている。










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2017.05.14

ホッとできる人と場所

とてもお世話になった女性が
引っ越されると聞いて、
少しの時間だったけれど
お部屋の片付け中にお邪魔した。

彼女は以前、
中国茶と家庭的なランチが
いただけるカフェを開いていて、
私はよくそのお店にうかがっていた。
靴を脱いで入るそのお店は、
インドや台湾で買ってきたという
置き物や食器などがあり、
彼女の家にお邪魔しているような
心地よさと安心感があった。

中でも一番嬉しかったのが、
赤ちゃん連れ、子ども連れ
大歓迎だったことだ。
「お子さんも大丈夫ですよ」ではなく、
文字通り大歓迎。
子どものおもちゃや絵本、
赤ちゃんを寝かせられるソファーベッド
など、物理的なものもそうだけれど、
子どもと一緒に遊んでくれたり、
子どもの言動を面白がってくれたり、
彼女は、お店に来る子どもたちに
会えることや成長が感じられることを
心から楽しんでくれているように
感じた。

ご自身も、働きながら二人の息子さんを
育てあげた先輩ママということもあり、
行くたびに育児の疲れを労ってくれたり
話しを聞いてくれた。

大人と話すことに飢えているあの時期、
肩身の狭い思いをせず、
お店で子どもを叱りすぎることもなく
安心できるご飯と
美味しい中国茶を飲みながら、
子どもと一緒に遊んだり
彼女とおしゃべりできる時間に
どれだけ助けられたことだろう。

ランチメニューは
ニンジンのじっくり炒めや
豆苗のごま油和えなど、
シンプルな野菜メニューが豊富で、
大人のメニューから
子どもが食べられそうなものを選ぶと、
プチデザート付きの子ども用ランチを
作ってくれた。
息子たちはデザートの
『手作りカステラ』が大好きで、
「今日はカステラあるかなあ」
と言いながら、
自転車の前と後ろに息子たちを
乗せて、お店に向かったものだった。

残念ながら、カフェは3年前に
閉店されたのだが、だからこそ、
彼女がカフェをオープンしていた期間と
私が幼い子どもの育児をしていた期間が
重なった幸運に感謝したい。

久しぶりにお会いして
あの頃の感謝の気持ちと、
おかげさまで
息子たちは8才になったこと、
お互いの近況などを話した。
帰りに、
当時、カフェで子どもたちが
大好きだった猫の写真集と
犬のぬいぐるみをいただいた。
持ち帰ると、子どもたちも
覚えていて、とても喜んでいた。

今彼女は、
プライベートが忙しい中、
前職の実績などを活かし、
カフェとは全く違う仕事で
活躍している。

育児の疲れや不安、
閉ざされた感覚や
労ってほしい気持ち、
叱りすぎることへの罪悪感
「大人としゃべりたい」
「今日は子供と何して遊ぼう」
「ご飯はどうしよう」
いろんな気持ちを受け止めて
もらっていたと思う。

私はまだ母になって8年生だけれど、
幼い子どもの育児真っ最中から
少しは客観的に見られる部分も
あるだろうと思うので、
彼女の何分の一かでも、
幼い子どもを育てているお母さんの
気持ちに寄り添いたいと思う。

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2017.05.05

おばあちゃん猫との暮らし

夫の連れ猫と同居して15年。
私が一緒に住み始めた頃に
10歳だったビール(猫の名前)も、
今はおばあちゃん猫だ。
夫も私も猫にかまうほうではなく、
可愛がるというより、
同居という呼び名がしっくりくる
付き合い方だったように思う。

途中で少し変わったのは、
私が出産し、子どもたちが
しきりにビールと遊びたがったこと。
撫でたり抱っこしたり
振り回したり乗っけたり
猫のおもちゃで遊ぼうとしたり
折り紙で作った兜をかぶせたり。
ビールにしてみたら、
晩年になって急にかまわれたわけだが、
少し乱暴にされても
子どもたちにはされるがまま。
うるさいなあと思いながらも
まんざらでもない様子。
孫に遊ばれるおばあちゃんのようで
夫と私があっさりしてる分、
少し刺激があって
よかったのかなと思っている。

そしてまた最近、
ビールとの関わり方が変わってきた。
自分でグルーミングをしなく(できなく?)
なったので、
これまで以上にブラッシングをしたり、
体を拭いたりシャワーを浴びせるなど、
ビールと接することが増えた。

うちは階段の多い造りで、
ビールは弱った足で昇り降りをしている。
トイレとごはん、寝床を一か所に集めれば
なるべく足を使わずに過ごすことも
できるけれど、
スペースの問題や人間の都合で
歩いてもらっている。
それと、言い訳になるけれど、
「少し頑張る環境」のほうが
元気が続くのではとも思っている。

『年寄り扱いされると猫は嫌がります』
という記事を何かで読んでことがある。
それはそうだろう思う。
できていたことができない
イライラはあるだろうけれど、
まだ自分で動けるし、
できない前提で構われ過ぎるのは
猫も人間もイヤだろう。

動物病院では「通院や治療のほうが
しんどいこともありますから」と言われた。
体調の変化や気になることはあるけれど
もう25才。
年をとれば不調が出るのは当たり前。
食事と排便はできているし、
無理をさせて原因を突き止めて
治療するよりも、
今まで通り、毎日のんびり過ごすほうが
ビールにとっては心地よいでしょうと。

ということで、
眠っていることが多いし
不自由になっている部分もあるけれど、
自分でトイレに行き、ごはんを食べ、
相変わらず同居人っぽく暮らしている。

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